人生をみるみる変える幸福とは?

精神世界などというと、何となくオカルトがかっているなどと思われがちですが、そういうことではなく、実は心のあり方ではないかと考えています。まずは自分自身の見方を変えることから、はじめなければならないのではないでしょうか。他人を変えるのは困難きわまりなく、批判恫喝はいとも簡単です。対立した時、人間関係がおかしくなってしまうのです。我々は学ぶために私たちの毎日が存在しているため、自分自身を見つめ、そして理解し、自分自身の存在に感謝することからはじめなければ、まわりの人を理解し、感謝することもできませんし、また、人生そのものを理解することもできません。何も大げさな、と思われるかもしれませんが、考えてみてください。大げさでも何でもなく、ごく当たり前のことなのです。私たち一人ひとりでこの世はできているのです。昨年の未曽有の震災、危機的な状況でした。ようやく人間関係の絆、お互いの幸福を分かち合うことができました。今回に限らず、このような困難な状況というのは、過去にいくらでもあったはずです。しかし、多くの賢人たちはそれを乗り越え成長していったのです。ですから、本当に住みよい世界を作るためには、私たちが一人ひとり責任を持たなければ駄目なのです。自分の責任は自分でとるということは、考えるまでもなく大変な重荷には違いありません。だからこそ価値があるのです。おたがいの幸福のためにも。

哲人49号

つれづれ発信バックナンバー四冊目

                           冬の風物詩


 十二月、いやもうちょっと前から家の近くで白鳥の声が聞かれていた。姿は確認できなくてもあの声は、この時期にならないと聞こえてはこない。寒くなり天気が良い日にはどこまで行って来るのかちょうど家の真上を飛びお決まりの田んぼまで出掛けてくるようだ。
 三月ごろまで今年も大きな声と真っ白な姿を楽しませてくださいね。
 今ひとつ家から南を眺めれば雄々しき山に「白馬の騎士」と呼ばれている見えている。今年はまだいい景色には出会えていないが、自分だけの絶景ポイントがある。ここに住んでいれば誰でも見ているだろう景色だとは思うが、ふと足を止めて絵に残したい気持ちになるそんなポイントが私にはある。今までして来なかったが今年は一枚絵にして見たいと思っている。色々な角度からの騎士にも合いたいな。

                                          
                                         ままちゃんのつぶやき

          「断捨離(だんしゃり)」

「断捨離」と言う言葉を知っていますか?
私は雑誌を読んでいて知りました。今年のテレビ番組や雑誌の特集には本当にたくさん出てきました。

断捨離とは、自分とモノとの関係を問い直し、不要・不適・不快なモノとの関係を「断ち、捨て、離れ」と言うことだそうです。
それは思い切ってモノを手放すことで空間、時間、エネルギーにゆとりが出てそれが気持ちのゆとりにつながる。
私も年末の大掃除に実践してみましたが、やはりまだまだ離したくないモノはたくさんあってシンプルな暮らしなんてほど遠いです。
この「断捨離」の本を出されている方のお部屋を雑誌で見ましたが、本当にモノがなくシンプルで使い勝手がよさそうでした。私もそんな暮らしがしたい。永遠の課題になりそうです。


                            PN いちごキティ

ご当地ヒーロー

 最近、地元の友達とハマっている「彼ら」について紹介しようと思います。
 皆さん、「YOZAN戦士 アズマンジャー」を知ってますか?私の友達の間で絶大な人気のヒーローです。!
 その名の通り、上杉鷹山公と吾妻山から、キャラクターも米沢の名産ABCからきているそうです。
 おもしろいのは敵役で、実体はないボスの「鬼ガオル」その手下の名は「ジャミンナ」。ジャミンナの手下には「スペタノ&コペタノ」。スペタノコペタノはジャミンナの魔法「シャイコネー」でパワーアップします。苦戦しながら戦うアズマンジャー。必殺技は「アズマンオショウシナー!!」これで米沢の平和を取り戻すのでした。
 米沢弁をフル活用しててかなりおもしろい(笑)。私もおしょうしな精神で頑張ろうと思いました。
                   P.N ティンカーベル

私の仕事

 社会人になってから、今までずっと調理に関する仕事をしてきましたが、初めの頃は不純な動機でこの世界に入ってきました。でも10年以上勤めてきて本当にこの仕事を選んで良かったと思っています。
 最近、新しく食事提供の仕事も始めて一から覚えるのに苦戦し、挫折しそうな時もありますが、それでもやっぱり「食」の仕事が好きだと改めて感じました。
 仕事以外でも、美味しいものを食べに行く事や友達と一緒に何かを作る事も大好きで、幸せを感じます。
 やっぱり花より団子ですね。              
   P.N SAKURA

来年は出てくれるかな?

 ここ2,3年原木椎茸を買って、、自宅の西側に置いていたけどいっこうに出てきません。今年の暑さでは乾燥しすぎたのかもしれません。
 秋田の田沢湖に別荘目的で、家を買った知人に「なめこ沢山出てるから、鳥にかたら?」と誘われました。行ってみてびっくりするくらい、ぼこぼこ原木なめこが出てました。「自分で菌ぶって、雪の下にするといいよ」と教えてもらいました。
 ホームセンターからなめこ、しいたけ、むき茸の三種類を買い原木はたのんで準備万端です。なれない電気ドリルは、抜けなくなって苦戦したものの、金槌を使っての植菌は、音が山にこだまして、澄んだ空気と、秋の紅葉は、とても気持ちよかったです。山側の小川の少し湿った所に出ることを願って置いてきました。

                                     ペンネーム  チャの母
自己紹介と最近思うこと

 素直な子供に育って欲しいという願いを込めて”直子”。両親がつけてくれた私の名前です。私は生まれた時未熟児だったので、生まれてすぐに保育器に移されました。母は退院してからも、毎日のように授乳をしに病院まで通ってくれたのだそうです。
 この前、テレビドラマを見ていたら”誰かを大切に想う人は、誰かの大切な人である。”というセリフがあり、何だかいいなぁと一人で納得してしまいました。
 独り暮らしをはじめることになったとき、祖母はしきりに心配してくれましたが、両親はどうぞどうぞというような感じでした。何だかそれもつまらない(寂しいものだ)と想いましたが、たぶん気にかけてくれているんだろうとなんとなく感じます。大切に想う人がいるって言う事はただそれだけで幸せな事です。
                    ペンネーム  さとうなおこ
   犬を飼いました

 先日米沢市内のホームセンターでペットフェアをしており、そこへ嫁と一緒に犬や猫を見に行ってきました。以前から結婚したら犬飼いたいねと話をしていたんですが、この日は特に犬を購入する予定は無くホームセンターへ行って来ました。
 ただ、やっぱり観ているうちにかわいさからこの子がいいかな的な話になり、黒シバの前で足が止まり嫁が抱っこしたらンモォー!! o(*≧д≦)o″))かわいさが止まらないです。
 結局飼う事を決め、ケージやらハウスやらご飯やらを買って自宅へ戻りました。ダンボール製の小さな箱を開けたら齧ったり、引掻いたりで横に大穴が開いててそこから顔をだして満足げな様子。
 ちなみに家にはもう一匹カニーヘンダックスがいるんですが2匹で遊んでる姿はだいぶかわいいです。人と違って犬の成長の速度に驚いたり、だんだん懐いてくれる犬に癒されて家に帰るのが以前より更に楽しみになりました。

               
                
                                          ペンネーム    ぬく丸
      はじめまして

栄光園で働き始めて約三週間。ストレス性の胃腸炎になってしまいました。利用者の方々に「大丈夫?」って声をかけられたり、背中をさすってもらったりで、情けない!。
でも・・・心の中はホッコリです。ここに来てよかった〜。

                              ペンネーム U・マンタロウ

                         「まずは自己紹介」

 はじめまして、何を書いたら言いのかわからないので、とりあえず自己紹介してみます。年齢は20歳です。よく老けていると言われます。利用者さんからも「20には見えない。良くても25だ」と言われました。辛くは無かったです。慣れてますから。自分でも若くないと思っています。
 小・中学校の時は悪ガキでした。学校で何か問題があると、序盤のほうで疑われるくらいの悪ガキです。でも疑われる時に限って無罪なんですけどね。高校では野球に没頭しました。下手くそでしたけど、レギュラーでした。3年生の時、春の大会でベスト8まで進んだことが高校時代の一番の思い出です。
 こんなもんでいいですかね。以上です。
                                            ミツバチはっち

「身勝手な自分。」

 米沢は、今日も雪降り。市内へ買い物にいくため車を走らせる。車窓は雪の壁、道路は悪路、全く運転していても疲れる。毎年、雪の大変さは覚悟しているものの体力、気力が限界に近づいてくると「もー雪いらね。日本列島、北と南が逆さまになれ。」と、訳が分からない事を考え怒りとともに雪国米沢を逃げ出したくなる。

 やれやれ、買い物終了。車に乗り込もうとする時、買い物に来たある家族の会話が耳に入ってくる。「福島はこんなに雪が無いけど、放射能の心配無いからいいよね。」車の中に乗り込んだ自分は雪国への怒りから、自らの恥ずかしさに感情が変わっていた。

A.H

雛様のミーティングお内裏様:

皆さんお久しぶり。お元気でしたか?花嫁人形:去年はテイッシュに包まれてたから体が黒くならずにすんだわ。新聞紙は臭いし、ゴワゴワして寝心地最低!その他いろいろ:地震からもう1年経つんだね。俺たち箱の中で震えったね。良かったまたみんなと会えて。藤娘:私、ここの家の上の娘さんが生まれた時買ってもらって早、半世紀。最初は何で私お雛様に囲まれてんのか分かんなかったけど、昔は、人形売りが来て少しずつ買い足していったから、お雛様とは限んないんだよね。布袋様:そう、そう。俺なんて七福神だぜ。それも、このずうたい。みんなから見れば巨人だぜ。まぁ、何でもありだよな昔は。爺婆:私達なんて、二夫婦もいるよ。手作りお雛様:いつもイチャイチャして!あてられっぱなしもう嫌!!私なんて、ここんちの二番子が生まれた時、人形売りが来なかったから、お母さんが手作りしてくれたんだ。中の綿はペッシャンコだし、着物も虫食ってる。最悪は、お内裏様が相手にしてくれない。つりあっていねもな。お内裏様:私のそばには何十年も前から、花嫁人形さんが赤子を抱いて立っているんです。別に夫婦という感じではないんですけど、新参者のあなたを可愛がるわけには参りません。花嫁人形:別にいいんですよ。私なんてこんな姿ですけど、顔はボロボロ、体はセロテープだらけだし、もうとっくに女の魅力なんてないんだから。五人囃子:まあまあいいじゃないですか。みんなこうやって生き残っているんですから。私達も、ゴチャゴチャいるほうが楽しいですよ。童謡から、民謡、歌謡曲、今はラップが最高だね。みんなで歌おう。ここんちの息子おっきな声でなんか歌ってるな。あれは何でも歌になるし、のりもいいな。皆の想い歌おう。みんなで歌:♪俺たちお雛様・なんでもありの雛人形・格だの品だの並びだのどうでもいい・元気で・これからも・みんなと会えればそれでいい・♪♪                                                                 E.N

実りの秋

 秋も深まり、初冬に入りましたが、今年も美味しい、穀物・野菜・くだもの等を頂く事ができました。天地に感謝です。昔から作物は人の足音を聞いて大きく、美味しくなると言い伝えられてきました。近年、専門機関が作物に声を掛けながらの栽培と、声を掛けないでの栽培とで調査した所、明らかに声を掛けた方の作物が美味しいという結果が出ました。これは作物が、人間の言葉に反応していると言う事でしょうか。私達の五感六感を駆使すれば、作物と会話出来るのかも知れません。そんな事を考えると楽しく思えてきました。今後、意識して声を掛けながら楽しい家庭菜園をして行きたいと思います。 
                    
         マルコン

                            「夕方の匂い」


 自分自身の健康のために・・・と思い立ち数ヶ月前からウォーキングを始めました。朝の時間は何かと忙しいので夕方、家に帰ってからの時間に歩くのです。ウォーキングを始める前は、よく町の中をウォーキングしている人を見かけると、なぜに歩くのかなあ・・・楽しいのかなあ・・・と思ったものなのですが、実際に自分が歩き始めるとこれがまた楽しいのです。何が楽しいのかと、歩いていて感じる夕方の匂い。これが最高に気分が良くなるものなのです。民家の脇を通った時に、「あっここの家の晩ごはんは焼き魚だな。」とかそういう匂いではありません。何と表現したらよいのか、葉っぱの濃い匂いのような、子供の頃夕方暗くなるまで外で遊んでいる時に薫っていたあの夕方の匂い。
 健康のために・・・と始めたウォーキングですが、今では夕方の匂いを満喫しているわたしでした。

                                                   真由美

       「雲海より青いそら」
 一年に何回かむしょうに山に行きたくなります。そんな時は、前日に天気予報をみて、晴れのマークがあれば「明日は山に行くぞー」と気分を乗せ早めに寝ます。ロープウェーとリフトを利用し、それから20分ほどトコトコ歩いていくと写真の場所に出ます。写真では虹色の水平線みたいにみえ、実際にみえるのとはちょっと違いますが、お気に入りの景色です。以前にベテランのリフト係の方から、晴れて鳥海山までみえた次の日は山の天気は荒れるのだそうです。(私の聞き間違いであったらすみません。)                                      以勢

緑のカーテン

節電対策として、身近なところで緑のカーテンを作ろうと試みた。

子どもの頃、学校の授業で育てた以来、朝顔を植えた。種をまいたのが遅かったのか、

8月からようやく咲き始めた。今では起床後の楽しみの一つで、「今日はいくつ咲いてるだろう?」「追肥をやるから頑張って咲いてくれよ」とかわいがっている。

 教えてもいないのに何故決まって朝に咲くのか・・・?どうやら、朝顔には生体時計があるようで日没から約10時間後に花を咲かせるのだと言う。この生体時計・・・人間にもあるようで25時間の周期らしい。一日24時間なのになぜ?それは、朝日を見て生体時計をリセットしているのだそうだ。ちょっとしたところから興味が出て調べると時に面白いことがわかり、嬉しくなる。

                       季節の変わり目で今思う事


 お盆も終わり、ふと空を見上げてみると、真夏の雲とは変わって秋の模様。あたりまえの様に毎日を過ごしているけれど、間違いなく四季は、訪れる。稲の穂も間もなく黄金色に色づくことだろう。
 同じ空を見つめる被災地の人々は、どんな気持ちで秋を迎えるのだろうか・・・。今年のお盆は、言葉では言い表せない程の思いがあったに違いない。
 私も・・・心が締めつけられるような気持ちだ。家族や身内を亡くした人たちは一生忘れることの出来ない現実で、そんな中でも一歩ずつ前に向かって日々を送っているに違いない。
 私の中学時代の同級生の一人に、奥さんの両親が石巻の被災地で、今だに避難所で生活しており、仕事が休みのたびに、そこに行き、ボランティアをしていると、笑顔で話していた。とても素敵な笑顔で、私の心までも洗われた様な気がした。うれしかった・・・。皆が少しでも早く元の生活ができるよう心から願っています。
                 がんばろう東北!がんばろう、みんな!!!

                                                     いちご

                             「私の格言」


 心が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。習慣が変われば、人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。。
これは、星陵高校(元巨人軍・松井秀喜氏母校)の山下監督の言葉である。私も、色紙に書き写し、居間にかけていて時折、目読みしている。
 今年の東日本大震災で多くの方々が亡くなられた悲しみは、消えるものではない。でも、大変な世の中だけど「がんばろう、東北」の意気込みで自信と勇気を持って、立ち向かおうでは、ありませんか。未来に希望を持ち「しあわせな日が必ずおとずれることを祈り」
がんばろう日本

                                                6番目のおばさん

H23年3月11日14時46分、マグニチュード9以上の大地震が東日本を襲った。ここ米沢も震度5強もあり、車が揺れ、地面は波をうっていてこんな凄い揺れは体験した事がなく、米沢が震源地かと思うほど大きく揺れた。震源地は宮城県太平洋沖、TVをみると地震発生後の30分後に太平洋沿岸に30Mほどの大津波が襲っていた。家、車が水の力でことごとく流されていて、まるで映画の1シーンを見ているようだった。又福島の原発爆発で放射能が漏れ多くの方々が原発がら離れ避難した。1度に3つの大震災が東日本を襲い、死者、行方不明者2万人以上、数え切れない程の命、住まいを失った被災者にお見舞い申し上げます。
 私も大船渡に1年間住んでいたアパートも津波で流されたようだった。陸前高田では海水浴した思い出、気仙沼では新鮮な魚介類を食べた思い出、仙台荒浜では海水浴をした思い出、数々の楽しい思い出が思い浮かんでくる。
 私も被災された方々と同じ気持ちになり、復興するまで諦めずに前向きに頑張り、又海水浴に行きたいと思います。がんばろう 東北!

                  P・N S-829

堂森善光寺に「前田慶次」の供養等があるのをご存知ですか?


 さて 前田慶次とは・・・加賀藩主・前田利家の甥で、戦国時代天下一の傾奇者と言われ、上杉景勝、直江兼続主従をしたって上杉に仕官したそうです。
晩年米沢城郊外 堂森 無苦庵で地域の住民と交流の中でたくさんの逸話を残し慶長17年6月4日(諸説あり)70余歳で没したと伝えられています。
埋葬されたのが堂森善光寺と北寺町の一花院とされていますが定かではありません。
有力な埋葬候補地とされている善光寺に慶次の御霊を祀るため供養等が立てられています。
 堂森善光寺では 毎年6月4日に慶次の供養祭を行っていますが 今年は没四百回忌供養祭として大々的に営まれ、当日は市内からはもちろん全国各地からも慶次ファンが千人以上も訪れて供養祭に参加されていました。中には慶次になりきったコスプレの方もおりびっくりしました。
 私は歴史に詳しい訳でもなく、慶次のファンでもありませんが、昨年たまたま用事で善光寺に行ったときに、供養祭がおこなわれており参加しました。この時 愛知県や神奈川県、新潟県から来たと言う方と知り合いになりました。この方々は熱烈な慶次ファン(歴女)でした。愛知県から来ていた方は年に数回訪れており、この供養祭をお参りするようになってから体調がとてもよくなり元気になりましたと話されていました。(ここにきて元気をもらって行くのだそうです)この方々とメールの交換をしつつ、今年の4百回忌に再開しました。
昨年一度会っただけでしたのに、以前からの親しかった仲間のように話が弾みました。私は 全国から多くの人が集まると言うことは、慶次が余生を送り里の方々多くの交流を持ったこの地は「人とのかかわりのパワースポット」があるのかなーと思いました。
供養搭の他にも慶次に関係するものが境内やその近くにあります。
・慶次の力石(里人と力比べをした石)、
・月見平(裏山を10分ほど登った所に、度々月見等の遊山を楽しんだとされる ひょうたんの形をした平地)
・慶次清水(晩年暮らした屋敷の飲用水として掘られた泉 ここもひょうたんの形をしており今でも清水がわいています。)
 もう少しすると善光寺の境内は 色とりどりのアジサイの花が咲きます。このアジサイを見ながら、これらの史跡を巡ってあなただけのパワースポットをみつけてみませんか。
                                            友達の輪広げ隊

ちょっといい話・・・
                                                           
 「僕たちは絶望する必要はない」
僕たちの島は繰りかえし地震と台風と津波に襲われて来た。しかし豊かな自然に恵まれている。
多くの困難や苦しみがあってもより美しい島にしていく努力をするかいがあると思っている。
今あまりりっぱなことを言いたくはないが、僕たちは絶望する必要はない。
                             (映画監督 宮崎 駿=朝日) 

理想と現実のギャップをうめる工夫をする。
それをするために自分はいる。今自分がいる場所でがんばろ♪        オリーブ

    『 河 童 』

 西の山に日が沈み星がきらめく頃、外で遊んでいた幼子は、後からひたひたと追いかけてくる何者かの気配に驚き、恐るおそる振り返る。足音はぴたりと止んで…、姿は見えず気配だけが漂っている。その恐ろしさは自然と足を速めさせるが、気配もまた急ぎ足にどんどん迫ってくる。やがて駆け足になり、そして振り切ろうと必死の思いで全速力で走るが、気配は更に狭まり、とうとう土塀に追い詰められた。体全体で振り返ると、あっと言う間に両手首を捕まえられ、ものすごい力で土塀に押しつけられた。恐ろしさで閉じたままになっていた瞳をこわごわ開けてみると、そこには…、この世のものとも思えない地獄の住人のような形相をした河童が、耳まで裂けた真っ赤な口を大きく開け、頭に噛みつこうとしている。幼子は無意識に口の中にある唾という唾を一か所に集め、思い切って河童の顔に吐きつけた。抵抗を予期していなかった河童がびっくりして力を緩めた瞬間、思い切ってその手を振りほどき、闇夜の中を一目散に家を目指し必死に走りに走り、ようやく家にたどり着いた。しばらくして幼子は、深い安堵感とともに大粒の涙をとめどなく流しました。 …とさ。

 幼子とは、昔々亡くなった我が祖母である。したがって、この昔話の舞台は100年位前ということになる。私が幼子の頃、祖母より繰り返し聞かされた話だ。当時、私はこの話を信じたはずだし、日暮れ前には家に帰らなければならない、と強く思っていたはずだ。昔はどこにも私の祖母のような「語り部」がいて、語りを通し人生の教訓が自然と子供の身に付いたものだ。祖母からもらった贈り物は、他にも沢山ある。時々引き出しを開け、一人こっそりと想い出すのも一興である。

 東日本大震災の後絆≠フ大切さ、復活が叫ばれているが、合わせて昔の文化も少し戻らないかなあ、と思うところである。

                                                       In my life

     「思う事」

先月末の日曜日、孫の6歳の誕生日だった。元気に育ち電話で「オメデトウ」と声をかけた。そんな時、フッと数週間前の新聞記事が思い出された。それは、海を見つめて堤防に座っている女の子の写真だった。「いい子にしてたら、お母さん帰ってくる?」祖母に話しかけて又、海を見つめた・・との事この度の震災で家族を亡くした5歳の子のコメントは、ただ々、胸が締め付けられ涙が出てしまった。そして、孫家族が幸せに暮らせる事に感謝し、この子供さんや多くの震災に遭われた方々に笑顔が戻ることを祈った。

                             なっつばあちゃん

「東日本大震災」

                初めての野菜作り

 一昨年より築四十年程経つ貸家へ住む事となった。隣人より初期の住人が母屋の北側にある八坪の敷地に立派な畑を作っていたと聞いた。そこで大家の了解を得て初めての畑作りをする事にする。数十年放置されていた畑は、雑草が敷地一面生い茂っており荒地と化していた。数日をかけ雑草をむしり取りスコップ一本で開墾を始める。荒地を掘り起こすと直径五センチもあるゴボウの様な根っこが次から次へと出て来る。何処まで繋がっているのか?!掘り続けると深いものでは七十センチにも達していた。(後で解った事だが葛の根であった。)放置されていた直径八十センチ程の丸太からは、大スズメバチの巣まで出てくる。(息子の虫取り網をかぶせ殺虫剤で撃退。)畑に肥料を混ぜ込み一週間後には、我ながら立派な八畝が出来た。家族会議を開き、耕作物を検討する。僅か八坪の畑なのにそれぞれ自分の好きな野菜を言い放題(笑い)。検討を重ね十一品目の野菜栽培の始まりである。春には寒い日々が続き、夏には猛暑、毎日、野菜の生長を観察しながら除草、害虫駆除、追肥を続けて野菜の生長を見るのが日々の楽しみになってくる。収穫し味見すると出来の良し悪しもあり、収穫のタイミングでも味が変わる。野菜作りは、奥が深いと思った。今年は、去年の失敗・経験を糧に更に美味しい野菜を作るぞぉ〜!!と春が来るのを楽しみにしている今日この頃である。

                                 P・N    開拓者

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     大切なもの

 我家には、3人の娘がいます。今年、一番上の娘が大学へ進学、二番目は高校生、三番目は小学三年生になりました。
 ゴールデンウイークに、一番上の娘が帰ってきました。ちょっと離れていただけなのに、ちょっぴり大人になったような気がしました。真ん中の娘は「ただいまー!今日も楽しかった。」と帰ってきて、夕飯を食べるといつの間にか眠ってしまいいくら起こしても朝まで熟睡で、毛布をかけてやる毎日です。下の娘は、とても話し好きで、寝るまでおしゃべりをしています。私が「少しお口休んだら。」と言うと、「だってお話、大好きなんだもー。」とそれからまたお話が始まります。
 今月の末、上の娘が帰省するので、三人娘が揃うとまた賑やかになります。そんな娘達の成長が、これからも楽しみです。
                             ペンネーム  Kaori(*^-^)ニコ

                    「考えががメタボそして宣言」

栄光園に勤務し、早いもので5ヶ月が経ちました。その間には、様々なことがありましたが1番私が衝撃的だった事、それは1週間の事です。「ウルトラQさん支援室まで来てください」との館内放送で始まったのです。
課長より「ウルトラQさんメタボ検診で引っ掛かりましたので講習会に参加してください」とのことでした。
やっぱりなぁと思いつつ、私達の年齢で、生活習慣を守っている人はいないと思います。酒、タバコ、ラーメン運動はしない、という人、100人中80人は私と同じ考えだと信じます。また考えがメタボな私です。えーっと決めました。今までの考え方を拭し、宣言します。私はこの期間内に10キロ減量する事を誓いますという私の宣言でこの文書の締めとします。

                                 
ウルトラQ
雲海の水平線 素敵ですね。

                             「誕生日」


  最近の私の興味は「言葉」。言葉と言っても、モノの言葉、意味などのこと。
きっかけはお花やさん。いっぱいの花たちにはそれぞれ「花言葉」がある。その中に自分の誕生日の花「誕生花」があることを知った。花もあるなら石や星もあるだろう。という理由で、気になり出すととことん調べてしまう私・・・笑。この機会に私の「誕生花」「誕生石」「誕生星」を紹介しようと思う。

 誕生花  マリーゴールド(黄)              〜健康・可憐な愛情〜

 誕生石  グレー・パール                  〜勝ち取る愛〜

 誕生星  ミュー・ヴェーロールム(ほ座M星)     〜慎重な計画と自分〜

 さあ!私の誕生日は何月何日でしょう?笑
 自分の誕生日にまつわるモノ、それの言葉があるなんてステキだと思う。決めた人はどんな人なんだろう?夢のあるステキな人だといいな。


                                          P・N テリンカーベル